長崎ちゃんぽん講座/『元祖・本場系(新地中華街・四海楼など)』【店のジャンル】

「四海楼のちゃんぽん」
長崎ちゃんぽんを提供する店のスタイルは、千差万別です。

読者の皆さまが、理想のお店に行き当たるように、ジャンル分けしました。今回は『元祖・本場系(新地中華街・四海楼など)』を解説します。

該当するお店

「四海楼」[1]佐世保市広田に本店から暖簾分けされた店があります。ただ未食で味が不明なので、ジャンル分けは控えておきます。(※所在地は中華街ではなく、グラバー園近くの松が枝町となります)

「江山楼」(中華街本店、中華街新店、浦上店)

「会楽園」

「京華園」

「新和楼」

「蘇州林」

「宝来軒別館」

「慶華園」

その他、老李を除く新地中華街の中華料理店。

一般的特徴

  1. 店舗について
    四海樓 長崎新地中華街・京華園の狛犬の意匠
    中国宮殿を彷彿させる四海楼の威容 京華園の中国狛犬

    店構えは一般に豪奢で、その多くは中国宮殿風のデザインです。中国狛犬や関羽(関帝)、神馬などが玄関前に立っており、中国情緒を楽します。

    テーブル、円卓から大座敷まであり、一般客から大勢の宴会まで幅広く対応。なお、ほとんどの店が、20時L.O.。[2]例外は「王鶴」の21:00L.O.

  2. メニューについて
    新和楼の皿うどん(細麺) 中華料理 王鶴の八宝海鮮ちゃんぽん
    新和楼の皿うどん(細麺) 王鶴の八宝海鮮ちゃんぽん

    中国料理館 会楽園(長崎新地中華街)のふかひれの姿煮込み。中秋節限定 江山楼の東坡肉(豚の角煮)
    会楽園のふかひれの姿煮込み 江山楼の東坡肉(豚の角煮)

    1. メニューのメインは、長崎ちゃんぽんと皿うどん。そして各種の本格中華料理。コースも用意されています。なお、横浜中華街に多い食べ放題スタイルはありません。
    2. ちゃんぽん・皿うどんは並で800円前後と、街のちゃんぽん屋と比べると割高。他に特別版として、「特製ちゃんぽん」が用意されています。
    3. 「皿うどん」の最大の特徴は「甘い」ことで、ウスターソースとベストマッチ。細麺(パリパリ麺)と太麺の2種類あり。
    4. 中華料理のベースは、福建流[3]例外は上海料理の「龍園」。ジャンルから外した「老李」は台湾料理店です。。刺激を抑えめにして、素材の持ち味を生かした優しい味付け。豚の角煮(東坡肉)とハトシも名物。
  3. ちゃんぽんの特徴
    江山楼のちゃんぽんスープ 中国名菜 京華園の特製ちゃんぽんの麺
    江山楼のちゃんぽんスープ 唐灰汁入りのちゃんぽん麺

    本場の長崎ちゃんぽんを食したい場合は、このジャンルの店を選んでください。共通の特徴は、

    1. スープが、鶏ガラ100%か、鶏ガラメインに豚骨アクセントな組み合わせ(例外は100%豚骨の「王鶴」)
    2. ちゃんぽん麺に唐灰汁を混ぜて、独特のもちもち感と風味を加味しています。

まとめ

江山楼の王さんの特上ちゃんぽん
江山楼の特上ちゃんぽん

ちゃんぽん・皿うどんの考案者は福建省から来日した陳平順で、「四海楼」の創始者です。また新地中華街の経営者の多くは、福建省出身の華僑です。[4]「王鶴」が唯一の日本人経営者です。。つまり、このジャンルに属する店は、長崎ちゃんぽんの歴史のなかで本流を占めます。

割高なことと、自宅や職場のそばに安くてウマいちゃんぽん屋がゴロゴロあることから、地元長崎もんは、日常的には新地をあまり利用しません。客層のメインは、観光客と宴会客です[5]では生粋の長崎もんと華僑が疎遠なのかというか、それは否!です。
戦国末期の長崎開港以来の付き合いとなる長崎もんと中国人(華僑)の社会的紐帯は強く、日清戦争時にあっても長崎在留の華僑は「もしも自分の国が勝てば、日本人の友人知人を助けてあげることができる。あるいは日本が勝った場合でも、自分たちは日本人の親切を信じているから心配はない」と全幅の信頼を寄せていました。
それは今も脈々と続いています。華僑が始めた「ランタンフェスティバル」に、長崎もんも参加していき、長崎市を代表する冬の風物詩に発展した事例から立証できます。

ライトアップされた長崎新地中華街の北門(玄武門)

中華街に建つ中国テイストゆたかな東西南北の中華門。魅惑的な中華電飾。本場の長崎ちゃんぽん・皿うどんと本格中華に舌鼓をうったあとには、ゆっくりと散策するのがオススメです。

脚注・出典   [ + ]

1. 佐世保市広田に本店から暖簾分けされた店があります。ただ未食で味が不明なので、ジャンル分けは控えておきます。
2. 例外は「王鶴」の21:00L.O.
3. 例外は上海料理の「龍園」。ジャンルから外した「老李」は台湾料理店です。
4. 「王鶴」が唯一の日本人経営者です。
5. では生粋の長崎もんと華僑が疎遠なのかというか、それは否!です。
戦国末期の長崎開港以来の付き合いとなる長崎もんと中国人(華僑)の社会的紐帯は強く、日清戦争時にあっても長崎在留の華僑は「もしも自分の国が勝てば、日本人の友人知人を助けてあげることができる。あるいは日本が勝った場合でも、自分たちは日本人の親切を信じているから心配はない」と全幅の信頼を寄せていました。
それは今も脈々と続いています。華僑が始めた「ランタンフェスティバル」に、長崎もんも参加していき、長崎市を代表する冬の風物詩に発展した事例から立証できます。

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