【梅園身代り天満宮】~美しい神社巡り

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)
梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)の梅 梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、例大祭丸山くんち(丸山華まつり)、長崎検番踊り

「長崎ぶらぶら節」に登場!

かつては江戸の吉原、京の島原と並ぶ日本三大花街の一つとして名を連ねた丸山。

その遊女から厚い崇敬をうけた「梅園身代り天満宮」。

   • 「映画 長崎ぶらぶら節で、愛八がお雪の回復を願い、お百度参りをするシーンに登場(01:11:28)」

(愛八役:吉永小百合、原作:なかにし礼)

   • 「梅の名所」  

 • 芸妓衆による舞が奉納される「丸山華まつり」

など、さながら見どころの玉手箱です。

以下、「梅園身代り天満宮」へのバーチャル体験へご案内します!

境内は神域です。

閑静をみだす行為は厳につつしみ、参拝作法とマナーをお守りください。

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【限定御朱印】

版画家小崎侃さん手書きのイラスト入

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)の御朱印、小崎侃さん手書き

小崎侃さん手書きの「梅を愛でる丑さん」がとても愛らしいです。愛蔵品として、大切に保管します。

頒布終了。

通常御朱印

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、御朱印

梅の刻印が印象的(※初穂料志納)。

御朱印は「料亭青柳で頒布されています」

タイミングがあえば、山口広助さんに対応してもらえます。

「梅園身代り天満宮」から距離250m、徒歩5分。駐車場なし。

✔事前に電話予約しておくのが確実です。

 所在地

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

入り組んだ住宅街のなかにある小社なので、土地勘のない方にはやや難所。

事前に地図をよく確認してください。

住所長崎市丸山町2-20

駐車場なし

最寄りのコインパーキング【TOP24パーキング丸山町】

路面電車でのアクセス

最寄りの電停「崇福寺」

※距離400m、徒歩6分。

「例大祭」(ながさき丸山華まつり)

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、例大祭丸山くんち(丸山華まつり)、長崎検番踊り
梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、例大祭丸山くんち(丸山華まつり)、長崎検番踊り 梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、例大祭丸山くんち(丸山華まつり)、長崎検番踊り

11月上旬の土日2日間開催。

通常では見る機会がほとんどない「芸妓衆による長崎検番踊り」が、梅園身代り天満宮で奉納されます。

丸山華まつり(長崎市)、花魁道中
丸山華まつり(長崎市)、花魁道中 丸山華まつり(長崎市)、花魁道中

丸山華まつりもう一つの目玉は「花魁道中」

花街時代にタイムスリップしたかのように忠実に再現される「花魁道中」は、数えきれない観衆が花魁の一挙手一投足に注目する一大イベントです。

黒塗りの高下駄を履いて、八の字を描いて歩くさまを特とご覧ください。

「梅の名所」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)の梅
梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)の梅 梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)の梅

天満さまの必須アイテムと「梅」。2月を迎えると15本の梅が境内をカラフルに彩ります。


それでは境内を巡りましょう。


【1】「長崎ぶらぶら節の文学碑」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、長崎ぶらぶら節の文学碑

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、愛八

故なかにし礼氏による小説「長崎ぶらぶら節」は、吉永小百合さん演じる丸山芸奴 愛八を主人公に映画化され、その1シーンで梅園身代り天満宮が登場します。

実際に愛八も足繫く参拝した同天満宮には、なかにし礼氏が揮毫した記念碑が建立され、長崎ぶらぶら節ファン恰好の撮影SPOTとなっています。

民謡 長崎ぶらぶら節に登場する梅園身代り天満宮

遊びに行くなら花月か中の茶屋

梅園裏門たたいて 丸山ぶらぶら

ぶらりぶらりと云うたもんだいちゅう

歌詞に登場する梅園が、梅園身代り天満宮を指します。

民謡『長崎ぶらぶら節』は、幕末の嘉永末から安政年間にかけて誕生した、主に丸山遊郭で歌われていたお座敷歌でした。

大正の頃には人々の記憶から消えていた『長崎ぶらぶら節』。それをレコードに吹き込み、世へ発信したのが愛八だったわけです。

【2】「鳥居から御神橋」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町) 梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

冒頭の白塗りの鳥居には文政2年の年号が刻まれ、歴史の深さを物語ります。

拝殿前の「御神橋」は、2007年に再建。

【3】「拝殿」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)の梅

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町) 梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

拝殿を前に参拝します。 ※扁額は小崎侃さんが奉納したもの。

【4】「七力稲荷神社」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町) 梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

末社でお馴染み、稲荷神社へも参拝を済ませます。

【5】「歯痛狛犬」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、歯痛狛犬

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、歯痛狛犬 梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、歯痛狛犬

身代り天満宮ならではの縁起もの「歯痛狛犬」。

初代の狛犬は天保11年(1840)に、現在のものは3代目で、昭和12年(1937)に奉納されました。

口に水飴を含むと、身代わりとなって歯痛を取ってくれるそうです。

狛犬の口から飴が溢れた狛犬さま。ありがたい存在ですが、どこかユーモラスです。

【6】「撫で牛」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、御神牛(撫で牛)

天満宮には欠かせない「臥牛」(御神牛)。

自身の痛みを感じる箇所と、臥牛と同じ部分を交互に撫でてみましょう。すると痛みが和らぐことから、「撫で牛さま」と呼ばれて崇敬されています。

【7】「ぼけ封じ牛」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、ぼけ封じ撫で牛

もう一体の「臥牛」(御神牛)は、触れるとボケ防止となる「ぼけ封じ牛さま」です。

【8】「梅塚」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)、梅塚

明治40年頃まで遊女や芸奴が頻繁に参拝していた梅園身代り天満宮。

丸山の遊女・芸者が、家で食べた梅の種を天神さまの化身として、参拝のたびに持参して収めたのが「梅塚」です。

【9】「天満宮の扁額」

梅園身代り天満宮(長崎市丸山町)

天満宮の文字を指でなぞると字が上達する変額。

以上のように、コンパクトな境内に、所狭しと縁起ものが鎮座しているのが見て取れます。

丸山遊女・芸者とともに歴史を歩んできた梅園身代り天満宮。

他に類を見ない天神さまを是非ご参拝ください。

沿革(歴史)

お社のいわれ

 ここの天満宮は、元禄十三年(1700)丸山町乙名安田次右衛門によって創建され、以降丸山町の氏神様として親しまれています。

 元禄六年(1693)安田次右衛門が二重門(現丸山交番付近)にて、梅野五郎左衛門に襲われました。そして、自邸に担ぎ込まれたが不思議なことにどこにも傷が無く、身代りに庭の天神様が血を流して倒れていたそうです。その後、この天神様を身代り天神様と呼ぶようになりました。

 そのほか明和安永年間(1770年頃)より、この場所は長崎奉行の許しにより芝居や見世物、相撲の興行が行われるようになり、また、花町に接していることから、遊女や芸者さんが多く参拝していました。さらに明治三一年(1898)社殿大改修の際には文人墨客により天井絵を奉納されています。

 また、第二次大戦時、丸山町の出征を命ぜられた者は必ず参拝したそうですが、身代り天神によりすべて無事に帰還したそうです。

引用 :丸山自治会の案内看板より

ご祭神

菅原道真、宇賀御魂神(稲荷社)

以上になります。

最新の情報とは異なる可能性があります。

必ず事前に、取材先の公式サイトか電話などで確認をとってください。

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この記事を書いた人

長崎ブログーッ!

 

長崎県の観光・お出かけ・グルメ情報を発信する個人ブロガー【月間30万PV達成】。モットーは「行く・撮る・食べる」。

〈主な経歴〉

■Yahoo! JAPANクリエイターズ トレンド/カルチャー部門 長崎市ライター【コンテンツ一覧】(1記事最高PV13,041 / 平均PV4,443[2022年12月5日時点])

■長崎ケーブルメディア「なんでんカフェ」で、長崎ランタンフェスティバルの達人として出演(2020年2月3日放送)。

■「ながさきプレス」2022年12月号のインフルエンサー特集で紹介される。

■各種公的機関などに画像を提供。

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