「グラバー園」【所要1時間で見どころ制覇の黄金ルート】ルートマップ付

グラバー園(長崎市南山手町)
グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウスからの長崎の夜景 旧オルト住宅(長崎市グラバー園)のライトアップ、イルミネーション

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)のチューリップ、世界遺産 グラバー園(長崎市南山手町)の絶景

「グラバー園観光ガイドの決定版」が今、…爆誕!【グラバー園は俺の庭】

長崎市内観光では、ダイヤモンド級の定番SPOT「グラバー園」。

だけーど、長崎市には魅力溢れる観光SPOTが他にももりもりアール。

ということで、所要時間60分で園内をキッチリ巡れる神ルートを「グラバー園好き好き大好きな管理人」がガイドしちゃおう!

「撮影POINT」や「ハートストーンの場所」も大暴露大会しちゃうので、お楽しみに!

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グラバー園観光ではココを要✔【必見】

  1. 世界遺産「旧グラバー住宅」を始めとする明治創建の洋館群。世界へ躍動した国際貿易時代のNAGASAKIにタイムスリップできます!
  2. 園内の各所で、長崎港をパノラマ状に一望できます。それはまるで絶景の玉手箱。
  3. グラバー園に隠された

       • 「触れると恋が叶う?ハートストーン」

       • 「トーマス・グラバーは、悪の秘密結社フリーメイソンの一員だった????」

       • 「龍馬を匿った???隠し部屋」

    などのミステリーSPOTを暴き出す!真実はいつも一つ!かもしんない。

グラバー園|「営業時間」と「夜間開園」について

グラバー園の営業時間通常8:00~18:00まで。

ただし、GWや夏休み、冬季には「夜間開園」を実施しています。

公表された夜間開園の日程&営業時間については、以下にカレンダー付でまとめした。

夜間開園の日程および営業時間は変更になることがあります。必ず事前に公式サイト でご確認ください。

「グラバー園の夜間開園」はファンシー過ぎ!【デートに最適】

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)のライトアップ、イルミネーション

幻想的にライトアップされる洋館群の他、園内各所からの夜景もビューティフォーーーー!

詳しくはコチラ!

「入園料金」

個人大人:610円 / 高校生:300円 / 小・中学生:180円

2019年7月時点での入場料金です。

パーフェクトマップ【ハートストーンの場所付き】

本稿で紹介した場所はすべてマークしています。現地到着後に活用ください。


ではでは、本題の園内ガイドに行っきまーーーーーすっ!


グラバー園の入園は「第2ゲート」からがオススメ

グラバースカイロード展望所からの風景(長崎市) グラバー園第2ゲート
グラバースカイロードの絶景 グラバー園の第2ゲート

グラバー園の入口:北側の「第1ゲート」、東側の「第2ゲート」の2か所設けられています。

入園者数では「第1ゲート」からが圧倒してますが、オススメは、斜行・垂直エレベーター「グラバースカイロード」を経由して、200メートルの坂道をまるまるカットする「第2ゲート」からの入園。

省力コースである他、展望所からの絶景も見逃せません。

路面電車「石橋電停」⇒「グラバースカイロード」⇒「第2ゲート」へのアクセス方法はコチラ!

(※本稿では第1ゲートからのルートを紹介します。[第2ゲートのルートとは入園後、すぐに合流します。])

「グラバー園に入場」

【不思議SPOT1】「日本最初の自動電話ボックス」(復元)

グラバー園(長崎市南山手町)の入口 グラバー園(長崎市南山手町)の「自働電話」

さあーーって、いよいよグラバー園に入園しよーーーッ!(wktk

短い坂段を上がると、右手に最初の不思議SPOT復元された「日本最初の自動電話ボックス」がひっそり佇んでいます。

これは東京・京橋のたもとにあったわが国初の公衆電話ボックスを復元したもの。

携帯電話が普及した今は、100パー記念撮影用。いきなりマニアック度MAXですが、ぜひ記念のシャッターを切ってください。

「第1ゲート」から「動く歩道(エスカレーター)」へ

グラバー園(長崎市南山手町)の第1ゲート グラバー園(長崎市南山手町)のエスカレーター(動く歩道)

入場料を払って、第1ゲートを抜けると1974年に設置された「動く歩道(エスカレーター)」が2基鎮座しています。

まずは1号機にログインッ!

【不思議SPOT2】「水道創設当時の共用栓」

グラバー園(長崎市南山手町)の水道創設当時の共用栓 グラバー園(長崎市南山手町)の水道創設当時の共用栓

動く歩道1号機から降りると、2号機入口の右手に「水道創設当時の共用栓」が立っています。

共用栓に造形された顔の上のボタンを押すと…なーんと口から水がじゃばばばばっと流れます。またもマニアックPOINTですが、ぜひジロジロと眺めてください。

説明文:

長崎市の水道は1891年(明治24年)に創設されました。創設当時は、現在のように各戸に引き込んである水道は少なく、ほとんどが街路に立てた共用栓、この人間の顔をした蛇口から出る水を使っていたのです。

この共用栓は、水を出したり、止めたりすることはできず、当時の水道事務所の市街水栓版という仕事をする人が朝に水を出し、夕方に止めて回っていました。

共用栓見学後は、2号機へGO!

「旧三菱第2ドックハウス」

グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウス


「第2ゲート」は「旧三菱第2ドックハウス」の脇にあります。

ココから「第2ゲート入園者」は、「第1ゲートコース」と合流となります。


「動く歩道2号機」を降りると程なくして、最初の洋館「旧三菱第2ドックハウス」に到着!

1896年(明治29)に「三菱重工長崎造船所」が、船がドックに停泊している間の外国人乗員専用の宿舎として飽の浦に建てた洋風建築物。

木造2階建で、屋根には日本瓦でふかれ、1,2階に同形の部屋4室が設けられています。

1972年に三菱から長崎市へ寄贈され、グラバー園内の現在地に移築されます。

「2階ベランダからの絶景」

グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウスから絶景
グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウスからの長崎の夕景 グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウスからの長崎の夜景

2階通路からベランダに出てみると……

ヒョォォォォォオオオーーッ

ロケーションが半端ぇぇぇぇええ!!!!

園内で最も高地となる2階ベランダは、稲佐山を正面に添え、長崎港をパノラマ状に一望できる№1ビュースポット!

「記念撮影」&「風景写真」、どちらもガッツリ決めておきたい場所です。

夕景&夜景も抜群にイイヨ!

グラバー園(長崎市南山手町)での打ち上げ花火

花火鑑賞でもベスポジ!

シャッターチャーーーーンス!

グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウスの夜間ライトアップ
グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウス グラバー園(長崎市南山手町)の旧三菱第2ドックハウス

ベランダから建物側面の階段を降りて、庭園へ出ましょう。

建物正面左手の池の前から、「旧三菱第2ドックハウスのベストアングル」が撮れます。

「建物が池の水面で水鏡となった姿」を狙って記念撮影しましょう!

『アオハライド』のロケ地はココ!【本田翼&吉沢亮出演】

グラバー園(長崎市南山手町) グラバー園(長崎市南山手町)

グラバー園(長崎市南山手町)

あまたの映画のロケ地となったグラバー園。近年では、本田翼(バッサー)さん、東出昌大さん、吉沢亮さんが出演の2014年公開映画『アオハライド』が記憶に新しいところ。

そのロケ地は、「旧三菱第2ドックハウス庭園の先端にある展望所」です。ファンの皆さまは、チェックを忘れずに!

吉沢亮さん、本田翼さんの微かな残り香をクンカクンカと吸い込んだら、坂を降りましょう(犬かよ!ちなみに当地のシーンにご両人は登場しません)。

「歴史の泉」

グラバー園(長崎市南山手町)の歴史の泉

グラバー園(長崎市南山手町)の歴史の泉 グラバー園(長崎市南山手町)の歴史の泉の夜間ライトアップ

短い坂を下り終えたら、有田焼陶板を壁にはめ込んだモニュメント「歴史の泉」に着きます。

世界史の一ページを飾った長崎開港を象徴する船の錨と船窓がかたどってあります。

夜間ライトアップされた姿はファンシー過ぎ!

「旧長崎高商表門衛所」

グラバー園(長崎市南山手町)の旧長崎高商表門衛所

長崎大学経済学部の前身となった「旧制長崎高等商業学校(長崎高商)」は、東京、神戸に次ぎわが国3番目に創立された官立の高等商業学校です。

創立以来、学生を見守り続けてきた守衛所は、1975年に長崎市に譲渡され、翌年グラバー園に移築されます。

※ボランティアの観光ガイドが常駐しています。

シャッターチャーーーーンス!

グラバー園(長崎市南山手町)

「旧長崎高商表門衛所」から「歴史の泉」に戻ります。

左手にある階段はスルーして、石畳の下り坂を進んでください。

そのスタート地点が「稲佐山」、「石畳の坂」、「旧ウォーカー住宅」が並ぶジェットストリーム・トリプルアングルとなります。

「旧長崎地方裁判所長官舎」(レトロ写真館)

グラバー園(長崎市南山手町)の旧長崎地方裁判所長官舎 (レトロ写真館)

1883年(明治16)建立の「旧長崎地方裁判所長官舎」は、元長崎会所跡(上町)にそびえていました。

同時期に建築された長崎地方裁判所が原爆により焼失した現在、長崎の残る唯一の明治期の政府庁舎として、貴重な文化財です。

1979年(昭和54年)に現在地に移築され、今にいたります。

グラバー園(長崎市南山手町)の桜 グラバー園(長崎市南山手町)の旧長崎地方裁判所長官舎 (レトロ写真館)

レトロ写真館:「旧長崎地方裁判所長官舎」は、ドレスを貸し出す写真館として活用されています。女性用はもちろんのこと、男性用や子ども用まで抜かりなくあるYO。記念にレンタルしてみてはいかが?

衣装レンタル料金

   • 室内撮影15分/1,000円

   • 園内散策30分/2,000円

10:00~16:30

「旧ウォーカー住宅」

グラバー園(長崎市南山手町)の旧ウォーカー住宅

ウォーカー商会を設立したロバート・ニール・ウォーカーJrの旧邸である「旧ウォーカー住宅」は、もともと大浦天主堂側面を通る「祈念坂」沿い、南山手乙28番地にありました。

日本瓦や和風庇(ひさし)、イギリス式暖炉と煙突など、長崎居留地に典型的な和洋折衷型建築物。

1974年に一旦解体され、現在地に移築されました。

余談:さだまさし原作の映画『解夏』では、旧ウォーカー住宅の跡地に主人公「高野隆之(大沢たかお演)」の邸宅があるという設定で撮影されています。

庭からは、大浦天主堂の尖塔と長崎港を望む絶景が写し出されました。

グラバー園(長崎市南山手町)の旧ウォーカー住宅

グラバー園(長崎市南山手町)の旧ウォーカー住宅からの眺望 グラバー園(長崎市南山手町)の旧ウォーカー住宅からの眺望

グラバー園(長崎市南山手町)の旧ウォーカー住宅

裏口から「旧ウォーカー住宅」に入ったら、邸内を見学します。

そして、特徴的な円形のベランダに出たら左折してください。

グラバー園(長崎市南山手町)の旧ウォーカー住宅からの眺望

円形のベランダからのロケーションがギガ素晴らしいぃ。

「祈りの泉」

グラバー園(長崎市南山手町)の祈りの泉

旧ウォーカー住宅のベランダから休憩所に出ます。

休憩所の壁面のモニュメントが「祈りの泉」です。長崎の歴史には欠かすことができないキリシタンの苦悩と救いを表現しています。

グラバー園(長崎市南山手町)

休憩所から坂段を下り、左折してください。

【不思議SPOT】「フリーメイソンの門柱」

グラバー園(長崎市南山手町)のフリーメイソンの門柱 グラバー園(長崎市南山手町)のフリーメイソンの門柱

ユダヤ資本とともに世界を裏から牛耳った「フリーメイソン」!……じゃないの、知らんけど。

そのフリーメイソンのシンボルマークを象った門柱が何故か旧リンガー住宅脇に立っている???謎が謎を呼ぶ展開!全米が驚愕したラストが貴方を襲う!……かもしんない!

ネタバレ(閲覧注意):大浦47番地にあった英字新聞社の主屋の2階が、長崎におけるフリーメイソンの活動拠点でした。

その主屋の入口にシンボルマークを刻んだ門柱がありました。その後、大正時代に長崎のフリーメイソンは活動中止。

門柱は保存され、1971年に現在地に移築されましたとさ。

「旧リンガー住宅」

グラバー園(長崎市南山手町)の旧リンガー住宅

グラバー園(長崎市南山手町)の旧リンガー住宅庭園

主屋を港への眺めを得られるように西側を正面とし、その前面は角石の列柱で支えられた吹き放ちベランダで構成されています。

そのベランダの天井は格子天井と、開放的かつ重厚な南欧風バンガロー形式となっています。

木骨石造平屋建/施工:小山秀之進(推定)/国指定重要文化財

明治2年以降、明治8年~15年の間に建てられた「旧リンガー住宅」は、最初の家主であるトーマス・グラバーの弟アレキサンダーが建てたと推測されます。

その後、家主は移り変わり、1874年(明治7)にホーム・リンガー商会を設立したフレデリック・リンガーに譲渡されます。

1965年、フレデリック・リンガーの次男シドニー・アーサー・リンガーが、リンガー住宅を長崎市に売却しイギリスへ帰国しました。

グラバー園(長崎市南山手町)の旧リンガー住宅庭からの眺望 グラバー園、旧リンガー住宅庭園からの新世界三大夜景、長崎の夜景

庭園からの眺めは、これぞ一等地!

グラバー園(長崎市南山手町)のバラ グラバー園(長崎市南山手町)のバラ

春、秋に見頃を迎える庭園のバラも旧リンガー住宅の名物です。

「旧オルト住宅」

旧オルト住宅(長崎市グラバー園)

旧オルト住宅(長崎市グラバー園)のライトアップ グラバー園(長崎市南山手町)の旧オルト住宅

旧グラバー住宅を別格とすれば、園内でも最も印象に残るのが、ひと際ファンタジックな意匠の「旧オルト住宅」。

石造円柱に支えられたベランダ中央に、妻切屋根の外壁(ポーチ)が突出。その横には、モッコウバラ・ナニワイバラのツルが生い茂っています。

この異色な建築デザインは、長崎居留地にも見らない貴重なものです。

ポーチから玄関口へ目を向けると、1935年(昭和10)頃造られた石造りの噴水が佇んでいます。

1865年(慶応元)頃の建築。/施工:小山秀之進(推定)/国指定重要文化財

グラバー園(長崎市南山手町)のモッコウバラ・ナニワイバラ、旧オルト住宅 グラバー園(長崎市南山手町)のモッコウバラ・ナニワイバラ、旧オルト住宅

4月中旬~下旬になると外壁(ポーチ)横にツルが絡んだモッコウバラ・ナニワイバラが純白の花を咲かせて、旧オルト住宅を華麗にドレスアップします。

「旧スチイル記念学校」

グラバー園(長崎市南山手町)の旧スチイル記念学校

学びの園(その)東山手の9番地に開設された東山学院の本館「旧スチイル記念学校」。

学校名の由来は、早世した愛児をしのんだアメリカ人宣教師W・H・スチイルが寄贈した大金で建てられて逸話に由来します。

グラバー園への移築前は、海星学園の寄宿舎として使用されていましたが、1972年に長崎市に寄贈され、2年後に現在地に腰を据えます。

「旧スチイル記念学校」を見物し終えたら、「旧オルト住宅」⇒「旧リンガー住宅」前の庭園へと戻り、カフェのある「三浦環像前広場」へ進んでください。

「三浦環」と「プッチーニ」像

グラバー園(長崎市南山手町)グラバー園(長崎市南山手町)

「グラバーカフェ」のある「三浦環像前広場」に到着。

グラバー園(長崎市南山手町)のプッチーニ像 グラバー園(長崎市南山手町)の三浦環像

「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」の架空の舞台として:

不朽の名作オペラ「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」。

蝶々夫人がアメリカ海軍士官ピンカートンの帰りを待つ場所として、グラバー園を連想するのはそう不自然ではありません(実際の舞台は、同じ長崎港を見下ろす居留地でも、グラバー園のある南山手ではなく、オランダ坂のある東山手でしたが)。

ほかにも、蝶々夫人のモデル=グラバーの妻ツルとする突飛な説が流布します。

戦後、観光雑誌や書籍などが、旧グラバー住宅を蝶々夫人ゆかりの地「マダム・バタフライハウス」として誤って紹介。こうした蝶々夫人との関連が、グラバー園の人気向上に一役買った訳です。

戦前に活躍した蝶々夫人のプリマドンナ「三浦環」や『ある晴れた日に』の作曲家「ジャコモ・プッチーニ」の銅像がグラバー園に立っているのは、そうした歴史を背景としています。

「旧自由亭」

グラバー園(長崎市南山手町)の自由亭喫茶店

グラバー園(長崎市南山手町)の自由亭喫茶店 グラバー園(長崎市南山手町)の自由亭喫茶店

わが国初の西洋料理店「自由亭」は、1878年(明治11年)、諏訪神社下の馬町12番地に建てられました。

オーナーシェフは日本における西洋料理界の草分け「草野丈吉」。アメリカ大統領経験者として初めて来日した「ユリシーズ・グラント」をはじめとする各国のVIPに存分に腕を振るいました。

彼の没後は、長崎地方裁判所が購入し、検事正官舎として使用。1973年、グラバー園の現在地に、全体の4分の1程が移築され現在に至ります。

2階は喫茶店として営業。長崎港を一望できる北の窓側テーブル席に座るのがオススメ。

シャッターチャーーーーンス!

グラバー園(長崎市南山手町)

「旧自由亭」から「旧グラバー住宅」へ下る階段手前が、グラバー園でのウルトラ定番な観光写真POINT。

グラバー園(長崎市南山手町)の絶景

ココは「稲佐山」、「長崎港」、「ジャイアント・カンチレバークレーン(世界遺産)」、そして「旧グラバー住宅」が一つに収まる好アングルPOINTなのだ。

観光客の99.9%はガン無視して通りすぎますが、是非ココで至高の一枚を撮ってください(旧グラバー住宅が工事中なのでベストにほど遠い状態ですが…)。

「旧グラバー住宅」

「旧グラバー住宅」は2020年11月末まで保存工事が実施されます

グラバー園(長崎市南山手町)の旧グラバー住宅の工事

そのため工事中の外観のみ見学可能です。

旧グラバー住宅の解説は、工事前に撮った写真を用いて執筆しています。

グラバー園(長崎市南山手町)のアジサイ(ながさき紫陽花まつり)、旧グラバー住宅

グラバー園のシンボルで、明治日本の産業革命遺産の構成資産でもある「旧グラバー住宅」。グラバー園巡りもいよいよ佳境に入ります。

幕末の1863(文久3)年に創建された「旧グラバー住宅」は、現存するわが国最古の木造洋風建築。同年は、薩英戦争、下関戦争が勃発した年で、風雲急を告げる情勢の中で産声をあげました。

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)のライトアップ グラバー園の旧グラバー住宅

当初は接客用サロン・別荘風の住宅として建てられ、明治10年~20年の増改築の末に日常の生活を営むための住居として完成しました。特徴的な北側の温室も増築時によるもので、1905年(明治38)までは松の巨木が温室内から突き出していました。

設計者は不明。施工者は大浦天主堂と同じ天草の「小山秀之進」と推測されています。

T字形の主屋内部は、複雑に構成されており、広い玄関ホールと廊下を設け、各室を結んでいます。

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)、世界遺産 グラバー園(長崎市南山手町)の旧グラバー住宅

「ベランダの菱組天井・石造りの床」や「レンガ製の煙突」に加え、「漆喰塗の外壁」、「屋根の日本瓦」などの和洋折衷のデザインが違和感なく溶け込んでいます。

シャッターSPチャーーーーンス!

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)、世界遺産 旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)のチューリップ、世界遺産

グラバー住宅前の花壇が、園内最強の記念撮影SPOT。

春はチューリップ、夏はアジサイと「四季折々の花が咲き乱れる花壇」と「世界遺産・旧グラバー住宅」との鉄壁コンビの前で、バシャバシャ撮りまくりましょう。

【不思議SPOT】「ハートストーン(1)~純正品」

グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン

触れるとlove運爆上げ大フィィィーーーーーバとなる「グラバー園に隠されたハートストーン」。

3か所あるうちの一か所が旧グラバー住宅庭園にある方位盤近くとなります。

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)、庭園からの絶景
グラバー園、旧グラバー住宅庭園からの長崎の夜景 グラバー園、旧グラバー住宅庭園からの長崎の夜景

方位盤のあるグラバー園展望所からの風景は、イイ…イイヨ…ベリッシモ(とても)イイッッッ!!!

【不思議SPOT】「ハートストーン(2)~天然もの」

グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン

方位盤そばのハートストーンから花壇方向へ数メートル先に100パー偶然にできた「ハートストーン」があります。

発見難易度が高いですが、血眼になって探し出すのです!

「樹齢300歳のソテツ」

グラバー園(長崎市南山手町)の樹齢300歳のソテツ

ハートストーンそばの方位盤近くで根を張るソテツは、薩摩藩から寄贈されたもの。

薩英戦争の終結や最新兵器の輸入に尽力したグラバーと薩摩藩との紐帯を示す巨樹です。

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)の客用寝室 旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)の大食堂

次に、グラバー住宅内にログインしましょう!

グラバーが暮らしを営んでいた頃の寝室や大食堂が忠実に再現されています。

【不思議SPOT】「キリンビールのラベルのモデルとなった?狛犬」と温室

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)内の狛犬 旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)内の狛犬 旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)内の温室

主屋奥にある温室前に鎮座している狛犬。洋館には一見似つかわしくない石像ですが、実は今日のキリンビール社のラベルの元になったもの。説明版にはこう記されています。

説明:この彫刻(こま犬)は、今日のキリンビール社のラベルのもとになったものであり、また、ラベルの「麒麟」に太い口ひげが描かれているのは、キリンビール社の前身であるジャパン・ブルワリー・カンパニーの社長を勤めたグラバーの口ひげをもとにしたといわれている。

異説もあーる

なお、キリンビールのラベルについては、旧グラバー住宅の温室の入口にある狛犬がそのモデルだという説があるが、イギリスのロンドン郊外で1845年からビールを醸造しているフラーズ社のロゴからヒントを得た可能性の方が高い。同社のロゴには麒麟と同じような伝説の奇獣であり、ライオンの胴体に鷲の頭と羽根をもつ「グリフォン」が使われている。

引用 :ブライアン・バークガフニ、『グラバー園への招待 (長崎游学マップ) 』、10頁

長崎居留地研究の第一人者(かつグラバー園名誉館長)ブライアン氏の指摘だけに、蓋然性が高いように思えます。

旧グラバー住宅の温室:旧グラバー住宅内の温室に目を向けると、シンビジューム・トラシアナムなど、グラバーが持ち込んだランの子孫が来館者を出迎えます。

【不思議SPOT】「坂本龍馬を匿った?隠し部屋」

旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)内の天井の隠し部屋

グラバー住宅内を通る小屋の天井を見上げると……何やら、意味深な部屋が設けられています。坂本龍馬や高杉晋作などの維新志士を匿ったとまことしやかに言われる「隠し部屋」。

トーマス・グラバーが幕末に薩摩・長州藩と取引を行っていたのは周知の事実。

では隠し部屋の存在は、やはり歴史的事実だったのか?

ネタバレ(閲覧注意):単なる物置部屋でした。

横山さんどうなんでしょう?

「残念ながら、ここはただの物置部屋として使用されていたにすぎません」 とのこと。あらら、残念。

実は、坂本龍馬がグラバーの住宅を訪れたかどうかも資料として残っていないそう。当時ここは日本にありながら「居留地」と呼ばれる外国人が居住する場所。だからこの地は領事裁判権という(現在で言う治外法権)が存在していました。それに当初は領事館や奉行所が承認した特別な人物しか居留地の中にあったグラバーの住宅を訪れることはできなかったそうなんです。何の後ろ盾も無かった坂本龍馬が承認されたとは想像しがたいですよね。

引用学芸員さんに聞く!長崎「グラバー園」の見どころはココ

グラバー園(長崎市南山手町)のトーマス・ブレーク・グラバー胸像 旧グラバー住宅(長崎市グラバー園)内の倉場富三郎氏像
トーマス・ブレーク・グラバー胸像 倉場富三郎胸像

トーマス・ブレーク・グラバー(1838~1911)

大英帝国の最盛期が幕をあげようとしていた1838年、グラバーは、スコットランド・アバディーンシャイアで呱々の声をあげます。

後の日本近代化に計り知れない功績を残した彼は、1859年(安政6)に若干21歳で開港間もない長崎に一歩を踏み出します。

2年後に「グラバー商会」を創業したグラバーは、生糸・茶の輸出、幕藩への西洋式最新兵器の売却などに成果をあげ、貿易商グラバーの名を居留地に轟かせます。その資金で、伊藤博文、井上馨、五代友厚など維新志士の訪欧・留学を斡旋、薩英戦争の終結への仲介など政治活動にも手を広げ、新時代の日本を扉を開く手引きを縁の下から行います。

その後も日本にとどまり、「高島炭鉱の開鉱」、「小菅修船場の造営」、「三菱財閥の相談役」、「後のキリンビール株式会社に連なるスプリング・バレー・ブルワリー再建」などに辣腕を振るいます。

日本近代化の立役者として多大に寄与したグラバーは、1908年(明治41年)、勲二等旭日重光章を授与されました。1911年(明治44年)に逝去後、亡骸は長崎の坂本国際墓地に埋葬されました。

倉場富三郎(1870-1945)

トーマス・グラバーと淡路屋ツルの長男として1871年(明治3年12月8日)に長崎で生まれた倉場富三郎は、トーマス・グラバー没後のグラバー住宅の所有者として歴史に名を刻みます。

富三郎は、「トロール漁法の導入」や魚類図鑑の大著「グラバー図譜の刊行」など現在まで連なる水産立県長崎に不朽の足跡を残します。

他にも「長崎内外倶楽部」、「雲仙ゴルフ場」の設立にも関わっており、混血として日本と外国を繋ぐ事業に尽力しました。

しかし、昭和初期の英米との対立から太平洋戦争の開戦により運命が暗転。戦艦武蔵の建造に伴う「グラバー住宅からの退去」、「妻・ワカの急逝」、そして「原爆の投下」と不遇の晩年を過ごした倉場富三郎は、終戦直後の8月26日に自ら生涯を閉じました。

父グラバーの栄華に隠れがちですが、倉場富三郎の功績と悲劇は後世にまで語り継がねばなりません。

「展望所」

グラバー園(長崎市南山手町)の展望所 グラバー園(長崎市南山手町)の展望所

旧グラバー住宅庭園から短い坂段を下ると「展望所」となります(場所名もまんまです)。

グラバー園(長崎市南山手町)の展望所

グラバー園(長崎市南山手町)の展望所からの長崎の夜景 グラバー園(長崎市南山手町)の展望所での打ち上げ花火

園内では、長崎港の潮風を一番身近に感じられるSPOT。

花火鑑賞時では、花火本来の迫力を体感できます。

「ハートストーン~純正品(3)」

グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン

「3つ目のハートストーン」は、長崎芸能伝統館前にあるレストハウス通路入口にあります。

※「大暴露」なんて書いちゃいましたが、実際は入園時に渡されるパンフレットにハートスローン(純正)の位置は記されています。

グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン グラバー園(長崎市南山手町)のハートストーン

その他にも園内には、ハートストーンのバッタもんが隠されています。バッシバシ見つけ出してラブ運GET!

「長崎芸能伝統館」

グラバー園(長崎市南山手町)の長崎芸能伝統館

グラバー園(長崎市南山手町)の長崎芸能伝統館での展示物
グラバー園(長崎市南山手町)の長崎芸能伝統館での展示物 グラバー園(長崎市南山手町)の長崎芸能伝統館での展示物

グラバー園巡りの掉尾を飾る「長崎芸能伝統館」。

館内では、日本三大祭りで、国の重要無形民俗文化財でも「長崎くんち」の上映ビデオ放映や、傘鉾、龍踊りの龍、川船などの曳物などがドォォーーーーンと展示されています。

手っ取り早く「長崎くんち」を学ぶには好適な場所です。

グラバー園(長崎市南山手町)の長崎芸能伝統館

長崎芸能伝統館の出口前は、「おみやげショップ」となっています。

【不思議SPOT】「長崎市制百周年記念ポスト」

グラバー園(長崎市南山手町)の黒ポスト(長崎市制百周年記念ポスト) グラバー園(長崎市南山手町)の黒ポスト(長崎市制百周年記念ポスト)

「長崎芸能伝統館」を出てグラバー園出口前に着くと、見慣れぬ黒い長方形ポストがアール。

このポストは長崎市制百周年を記念して、1989年に設置されたもの。

1889年(明治22年)当時のポストを再現しています。

以上でグラバー園巡りは終了です!お疲れ様でした。

アクセス、駐車場情報

駐車場について

※グラバー園に専用の無料駐車場はありません

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路面電車

最寄りの電停:「石橋」グラバースカイロード経由で入園ください。

「石橋電停」⇒「グラバースカイロード」⇒「グラバー園第2ゲート」へのアクセス方法はコチラ

基本情報

所在地 長崎市南山手町8番1号
見物所要時間 1~2時間
問合せ 095-822-8223 /✉ nagasaki@glover-garden.jp
※夜間開園の期間、入場料、閉園時間については公式サイト で確認してください

参考文献・サイト:

• ブライアン バークガフニ、『グラバー園への招待 (長崎游学マップ)』、長崎文献社、2010年

• 長崎市教育委員会(編)、『長崎居留地・大いなる遺産』、長崎市、1989年

グラバー園公式ウェブサイト

「ナガジン」

本稿の執筆、すべての写真撮影:当管理人(※画像・文章の無断転載を固くお断りします。転載については必ずこちらをお読み下さい。
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