「出島の夜間ライトアップ」 ~とんでもなく役立つガイド【必見!】

ライトアップされた出島ライトアップされた出島(出島和蘭商館跡)出島夜間開園でのカピタン部屋
え~突然ですが・・・

「出島は、毎夜21:00まで営業中!」

「出島は、毎夜21:00まで営業中!」

「出島は、毎夜21:00まで営業中!」

似顔絵・怒り

大事過ぎることなので、三回(ry

というか、長崎市民でも、行ってない人が多いんじゃないの?出島表門橋が開通した時は、みんなで肩を抱き合って喜んだのにさ。

この体たらくに、三度の飯より出島が好きな筆者の怒りが!怒りの沸点が、グィーンと振り切った!!

それならば、筆者が出島の夜間開園の魅力について、これでもかと解説するバイ!

・・・開通式の日は、イビキかいて寝てたんだけどね。

レトロチックに照らされる夜の出島 まとめ

出島は、2017年11月25日より有料夜間開園が実施されています。
特徴
1万3500個ものLED電球をもちいて、明治時代のレトロチックな夜の出島を再現。夜景プロデュ―サーの丸々もとお氏によって、あえて光量をおさえ建物がやさしく浮かびあげる演出となっています。
ココを注意

  1. 夜間入場は表門橋からのみとなっています。
  2. 復元建築物への入館、およびミニ出島のある小広場の入場も可能。
  3. 「出島内外倶楽部(洋風レストラン)」と「着付け体験」の夜間利用はできません。

入場料

個人:大人510円/高校生200円/小・中学生100円
15名以上からの団体割引あり。

入場料や営業時間の変更については公式サイト上のWebページ で確認ください。

グルメ情報

夜間での出島周辺の食事は、出島から

  1. 距離300メートル、徒歩5分の「新地中華街」
  2. 距離400メートル、徒歩5分の「出島ワーフ」
が各種飲食店が揃っており、おススメです。

交通アクセス

駐車場

※専用の駐車場はありません。
「出島パーキング」が、コストパフォーマンス(料金、場所の分かりやすさ、収容台数)で一押し。
「出島パーキング」  収容台数78台
(長崎市出島町5-9)  場所と表門橋までのルート
一律 ⇒ 30分/120円
1泊(22:00~翌8:00) 1000円

路面電車

最寄りの電停:「出島」(出島門橋まで徒歩3分 )
出島電停から表門橋までのルート

ではいよいよ、幻想的にライトアップされた出島内をとっておきの写真とともにご案内。

出島表門橋から表門まで

夜の出島表門橋一世紀以上の時を経て、再び出島に架けられた「出島表門橋」。夜間の入退園は、この橋からのみとなります。優しくライトアップされており、出島の穏やかなライトアップに自然と溶け込んでいます。

出島表門橋からの長崎の夜景

「出島表門橋からの夜景」。中島川河口、ゆめタウン夢彩都、稲佐山までを一望。

出島の表門。出島の夜間開園「表門」この門を通り、チケットを購入しましょう。

門前にはおさむらいさんが仁王立ちで警護に当たっています。門を強行突破をしようものなら、おさむらいさんにしょぴかれて、市中引き回しの上、打ち首獄門でござる。そんなわけあるかい!優しいおじさま方たちで、門前で一緒に記念撮影してくれます。

鎖国期(1820年代頃)の復元建築物群

ライトアップされた出島
チケットを購入し、いよいよ歴史スペクタクルの人工島・出島の中へ。まずは右折し、出島内の西エリアにある鎖国期(江戸時代)の復元建築物群を見学しましょう。

出島夜間開園でのカピタン部屋

鎖国期の復元建築物群ではメインとなる「カピタン部屋」。鎖国期での出島最大の建物で、オランダ商館長(カピタン)が居を構えていました。

薩摩藩の島津重豪などの蘭癖大名[1]オランダ、ひいては西洋の文化、科学、生活様式を愛好した大名のこと。蘭癖が高じて、藩内で蘭学を奨励する者も現れる。長崎に近い西国の外様大名に多く見られた。を接待した場でもあります。蘭癖大名には、薩摩藩主の島津重豪・斉彬、佐賀藩主の鍋島直正、福岡藩主の黒田長溥など、のちの倒幕・明治維新を主導する西国諸藩の藩主が名を連ねています。いわば、明治維新の萌芽となった建築物です。

出島夜間開園でのカピタン部屋

建物内部には、当時の暮らしぶりが伺える食事他の内装が、忠実に再現されています。

出島の夜間開園。ヘトル部屋「ヘルト部屋」。商館長次席(ヘトル)用の住宅。オランダ船が長崎港へ入港すると、商館員が屋根にある見張り所まで登り、望遠鏡をのぞいて出島への着岸を今や遅しと待ちうけました。

出島の夜間開園。水門

「水門」

船から降ろされた砂糖などの輸入品が、ここから出島へ搬入され、長崎を起点にして、長崎街道から大坂・京・江戸へ運ばれました。このため江戸期の長崎市中では、貴重品であった砂糖が豊富に出回ります。この歴史的背景から、長崎料理は総じて味付けが甘め。今日でも地元の年配の方が、甘味が足りないと「長崎が遠いか」と表現するのはこのためです。

逆に、日本からは金、銀、銅などがオランダ船に積まれ輸出されます。これら貴金属がインド市場などで貨幣の原料となり、当時の世界経済の一端を担っていました。

ライトアップされた出島

他にも、多くの鎖国期の建築物が復元されていますので、ごゆっくり見物ください。

ミニ出島とモニュメント群

出島内東北エリアには、ミニ出島をはじめとして、各種のモニュメントが設けられています。
 

ミニ出島

「ミニ出島」。川原慶賀の「長崎出島の図」を基にして、長崎市によって作成された15分の1の模型。ミニ出島の前には、記念撮影用の台あり。

出島先学顕彰薬園碑所在標出島のキャピタン橋

(画像左):「出島先学顕彰薬園碑所在標」。シーボルト来日250年を記念して シーボルト顕彰会が建立。

(画像右):「キャピタン橋」。長さ5メートル、幅1.2メートルの石橋。

きゃぴたん橋は、各種の出島絵図に描かれているアーチ橋を参考に、昭和40年の庭園整備事業の一環として橋の上のブドウ棚と共に作られたものだそうです。名前については、当時の名前の有無も不明で架橋時に愛称としてつけられたものだそうです。 長崎市教育委員会 出島復元整備室 担当 高田氏の回答による。
引用長崎県の石橋を訪ねて~眼鏡橋の故郷


他にも「河口から引揚げられたオランダ船の大砲」、「石造製日時計」、「ケッペル・シュンベリー記念碑」などを展示。

明治期の洋風建物

出島東南エリアにある2棟の西洋建築物。江戸期の建物と比べ、ぐっとモダンなデザインに。
 

ライトアップされた出島内にある旧長崎内外クラブ

「旧長崎内外クラブ」。トーマス・グラバーの長男で、終戦直後に非業の死を遂げる倉場富三郎らが発起人となって、外国人と日本人との社交の場として、1903年(明治36年)に建立された英国式明治洋風建築。

出島の夜間開園。旧出島神学校

「旧出島神学校」。1878年(明治11年)に建立された、プロテスタント(キリスト教)の神学校。そもそもキリスト教対策で造成された出島内に、明治維新からわずか11年でキリスト教建築物が建てられたことに、隔世の感を禁じ得ません。

ライトアップされた出島(出島和蘭商館跡)

園外からの撮影した「旧長崎内外クラブ」、「旧出島神学校」、「十八銀行本店」。カラフルかつ煌々としたライトアップが印象的。

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基本情報

所在地長崎市出島町6-1 地図上の位置
ライトアップ期間/時間帯無休 / 営業は夜9:00まで
問合せ長崎市文化観光部出島復元整備室  095-829-1194 /✉ dejima@city.nagasaki.lg.jp
公式サイト出島 Dejima(公式)

本稿の執筆、すべての写真撮影:当管理人
イラストは、「はちドットビズ」のものを利用しました。ここは絵柄が個性的でキュート。商用可能ですし、爆押しします)

画像・文章の無断転載を固くお断りします(観賞価値・作品性を有する写真の引用は、著作権法によりできません。行えば損害賠償の対象となります)。
詳しくは「転載、引用について」をお読みください。

脚注・出典   [ + ]

1. オランダ、ひいては西洋の文化、科学、生活様式を愛好した大名のこと。蘭癖が高じて、藩内で蘭学を奨励する者も現れる。長崎に近い西国の外様大名に多く見られた。

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